『最善は善の敵である』ということわざがあります。『シグナル&ノイズ 』を読んでいたら、この言葉を見つけて、心にグサッと来ました。意味は言葉どおり、「最善の選択ができるというのは幻想である。最善は目指さないほうがいい」ということです。
オランダ人の心理学者のアドリアン・デ・フロート氏は、チェスプレイヤーを研究した本の中で、プロとアマチュアの違いについて次のように書いています。チェスの試合で、アマチュアのプレイヤーは問題に直面すると、完璧な手を打とうとして身動きが取れなくなることが多い。一方、プロは限られた時間内では何通りもある手の全てを先読みして最善の手を探し出すことはできないことを分かっている。なので、可能な手をすべて並べ上げるようなことはせずに、どんな手を打てば有利な状況になるかを考える。 もちろん、できることなら最善がいいに決まってます。けれど、人間の能力には限界があります。最善を求めると、焦りや力みが出て、本来の力を発揮するのは難しくなります。
そして最善にとらわれるあまり、結局、善すらも逃してしまうことがあります(私も何度も経験があります)。また、すでにもう起こってしまったことに対して、「あのとき、もっと最善を尽くしていれば...」と後悔してしまうこともあります。起こってしまったことは変わらないのだから、後悔する時間があるのなら、次に向けて行動したほうがいいことはわかっているんですけどね。(笑)
あと、ある視点から見て最善に思えるものは、別の視点から見てみると最善でないばかりか、そこまで良くないこともあります。ただの善とか、悪だと思っていたことが、後々考えてみれば最善に近いものだったりすることもあります。今度、自分が最善を求めていると気付いたら、「まあとりあえずちょっと落ち着いて深呼吸でもしてみようか」と自分に語りかけてみます。