紙に書くと記憶力が衰えると言われていた時代
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紙に書くと記憶力が衰えると言われていた時代

2023/4/15

現代の私たちは、何かをメモする、とか、手紙を書く、など、日常的に文字を書いています。しかし、この今では当たり前に行なっている、文字を書くという行為に対して古代では、新しい文化だから推し進めよう!という意見とこんなことはすべきじゃない!という意見の 2 つに分かれていた時がありました。口伝(話して伝えること)が一般的な中で、文字を書くことが広く普及し始めたときには、賛否両論の声がありました。例えば、12 世紀以前イングランドでは「紙に書かれたものは信用できない」という考えが一般的でした。例え、伝言の一つであっても、真に重要だと判断されれば口頭で伝えられていたそうです。そんな価値観の中での、プラトンとソクラテスの考えを紹介します。

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ソクラテスは、古代ギリシャを代表する哲学者の 1 人です。彼は哲学に詳しくない人でも知っているくらい、有名です。そして彼は、口授(話すことのみで教えを伝える)の哲学者で、著書はありません。ソクラテスはこう言ったと伝えられています。

「この手段を身につけたら、彼らの魂に健忘が植えこまれるだろう。彼らは記憶力を鍛えることをやめてしまうだろう。書かれたもの、書くものに頼り、物事を自分の記憶にとどめるかわりに外にある記号を用いようとするからだ。あなたが発見したのは、記憶するのではなく思い出すための秘策である。あなたが弟子たちに差し出しているのは真の知恵ではなく、うわべの知恵にすぎない。彼らを教育せずに多くを教えることによって、あたかも彼らが物知りであるかのように見せようというのだから。おおかたの者がじつは無知だというのに」

-- 『 紙の世界史 歴史に突き動かされた技術』 ー p.43

次に、ソクラテスの弟子であるプラトンの考えを見ていきましょう。彼もまた古代ギリシャを代表する哲学者の 1 人として有名ですね。プラトンは、師匠のソクラテスと若者が対話するという形式で『パイドロス』という文章を残しています。『パイドロス』の中には、知識は記憶を通して獲得されるので文章を書き残すと、記憶力が使われずに衰えていってしまう。と書かれています。また、彼は以下のように書いています。

「なにかが書かれると、すなわち作文ができあがると、書かれていることがなんであろうと、あちらこちらを漂ったあげく、それを理解する者の手に渡るだけでなく、そんなものとは無縁の者の手にまで渡ってしまう。作文は、どうすれば言葉を、伝えるべき人々に伝え、伝えるべきでない人々には伝えないでいられるかを知らない」

-- 『 紙の世界史 歴史に突き動かされた技術』 ー p.42

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皮肉にも、このような文章を書きながらも、彼は(この著作を含めて)多くの書かれた文章を残しています。「書き残す」という新しいテクノロジーを取り入れながらも、それに反発していたのです。そして、なにより彼の残した著作のほとんどは対話形式でした。口伝という形を、明らかに意識していますね。価値観の移り変わりの中で、プラトンが 2 つの価値観に板挟みになっている様子が見てとれます。師匠のソクラテスの口伝に対するこだわりの影響をかなり受けていたのかもしれません。

「紙に書かれたものは信用できない」「紙に書かれた文章からは真の知識得られない」という意見は、現代の私たちの「ネットに書かれたものは信用できない」「ネットからは真の知識は得られない」という意見と似ていますね。そう考えてみると、これから、ネットに書かれているものが信用される時代が来るのかも?と思います。「wikipedeia は参考文献としては認めません!」と言われなくなる時代が来るのかもしれません。

参考資料

  • 紙の世界史: PAPER 歴史に突き動かされた技術 ---マーク カーランスキー(著) 川副智子 (翻訳) ---2016
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