今回は、古代から猛威を振るい 14 世紀のヨーロッパでは黒死病と呼ばれて恐れられた伝染病、ペストについて書いていきます。英語でペストは「plague」と訳されます。「plague」は、広い意味での「感染症」と言う意味もあり、感染症といえばペストとされていたくらい、脅威であったことが分かります。ペストは、主にペスト菌を持っているノミに刺されることで感染します。ペストに感染したネズミ、感染した人の血液などに接触することでも感染するそうです。ペスト対策のためにネズミが駆除されているのは、ネズミがノミの宿主となりペストの流行を広げるからです。
ペストは、感染する場所や症状によって種類が分かれます。主なものはリンパ節に感染する腺ペストと、肺ペストです。肺ペストでは感染者の咳等による飛沫感染も起るそうです。中世の研究家によると、ペストによって 1348 ~ 1351 年のあいだに 7500 万~ 2 億人が亡くなったといいます。これはヨーロッパの人口の約半分が亡くなったことになります。また、地域別の死亡率は人口密度によって大きく左右されると指摘されています。
イタリア、 スペイン、フランス南部では死亡率が 75 ~ 80 パーセントと高かったが、イングランドやドイツでは 20 パーセントほどだったと見ている。中世ヨーロッパの人口過密で不衛生な都市はもっとも被害が大きく、パリ、フィレンツェ、ハンブルクは人口の半分 が最初の大流行で犠牲になった。一方人口密度の低い田舎では、死亡率がもっと低かった。
-- 図説 世界史を変えた 50 の動物
そして、当たり前ですが、聖戦者や修道士は、患者に直接手当てをしていたため、特に多くの犠牲者が出ています。中世の人々の目には、 伝染病は怒れる神か邪悪な人間のしわざと映ったでしょう。何しろ、肉体は血液、黒胆汁、 黄胆汁、粘液の 4 種類の体液によって生命を吹きこまれると信じらていた時代です。病気は 4 つの体液のバランスが崩れることで起こると考えられていて、瘴気(悪い空気)が病気(ペスト)の流行を広げると考えられていました。また、血には心臓でつくられる動脈血と、肝臓でつくられる黒っぽい静脈血の、ふたつの経路があって、その血液が体のあちらこちらで淀んだり溜まったりして病気をひき起こす、という考え方もありました。
詳しくは、こちらの記事も参考にして下さい。
https://yurimell.com/ja/blogs/detail/59
伝染病の患者を診る医者は、ペスト医者(plague doctor)と呼ばれました。彼らは、全身覆う服装をして瘴気から身を守っていました。また、不気味な格好をすることで、瘴気を退散させるという目的もあったようです。当時は、患者と直接目を合わせると伝染病が移るとも考えられていたので、目にはビーズをはめることもありました。(メドゥーサと目を合わせると石になると言う伝説と似ていますね。)また、くちばしのようなマスクを付けることが流行りました。くちばし部分には、ドライフラワーやスパイス、ハーブが詰められ、瘴気を防いでいました。
得体の知れない伝染病により、公衆の場を歩きながら自分をむちで打つというキリスト教の過激グループも出てきて、彼らは「鞭打苦行者」とよばれました。彼らは、自らの血を流して人間が犯した罪に対して懺悔をし許しを請うことで、神の怒りを静めようとしました。
ペストは、病気だけでなく迫害ももたらしました。元々ユダヤ人は差別はされていましたが、「ユダヤ人が井戸に毒を入れたことによって病気を広めた」と主張する人々もおり、そういった迫害の意識が、後の西ヨーロッパ中のユダヤ人の大虐殺につながっていきます。
ペストは良い?ことももたらしました。人口が急激に減少したために、14 世紀前半にヨーロッパを悩ませた飢儀と農作物の不作、経済不況の悪循環が断ち切られました。労働力が不足したため、かつては土地にしばられていた農夫が雇われて賃金をもらうようになり、その結果貨幣が発行され、生活水準も上がりました。また、ペストではどの階級でも死亡率が高かったために、職業や階級間の流動性も高りました。なにより病気を防ぐことに失敗した教会の権威はどんどん堕ちていきました。
しかしヨーロッパは黒死病を生きのびただけではなく、さらなる活力を得てよみがえったのである。(略)歴史学者は黒死病後の時代を西欧の資本主義の出発点と位置づけている。
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このような要素が一体となって、芸術、哲学、科学、技術が花開く、ルネサンスへとつながっていくのです。ペストの大きな流行は 3 回ありました。1 度目は 6 世紀から 8 世紀頃までコンスタンティノープルを中心にヨーロッパで広まったもの。2 度目は今回紹介した、14 世紀のヨーロッパで広まったもの。3 度目は、1855 ~ 1959 年までの 1 世紀以上にわたり、中国とインドで広まったものです。1959 年って、結構最近のことですよね。この時は数百万人の犠牲者が出たそうです。近年はペストの大きな流行はないものの、心配は拭えません。
今やネズミは地球のすみずみにまで人間によってもちこまれている。1944~1993 年にはアメリカ西部で 362 人の患者が出た。現在はペスト患者の発生は報告されていないが、いまだに身近な問題である。
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さらに、1995 年、マダガスカル島でペストの抗生物質耐性菌が発見されたそうです。抗生物質が効かないとなると、かなりやっかいです。今後、4 度目の大きな流行がないとは限りません。