このアニメは、死をテーマにしている。送葬のフリーレンには、2 つの意味がある。一つは、エルフの寿命が長いという特性により、人間たちを送葬(見送る)こと。もう一つは、戦いの能力が高くて、多くの魔物を送葬(殺す)こと。
「もっとあの人のことを良く知っておけばよかった。」これは、親しかった人が亡くなったときによく聞かれる言葉。先に死ぬとわかっている人に対して、どう接すればよいのかの問いを突き付けてきます。親と子供では、親の方が先に死ぬ。ぺットと飼い主は、ペットの方が先に死ぬ。余命宣告をされた人は、されていない人よりも先に死ぬ。彼らとの"残り"の時間をどう過ごすのか。"残り"という言葉は、終わりを意識することよって生まれます。他人の人生にも終わりがあることを意識して、接することが大切なのか。
もちろん、突然親しい人を亡くした人に降りかかる後悔の波にも寄り添った作品でもある。
印象に残ったシーンを第 2 話から紹介します。フリーレンとフェルンの滞在先の日常生活を描いているシーン。フェルンが草原で横になっています。
雲の影が動いて、顔にかかります。
すると、蝶々が飛んできて
画面がぱっと開けます。何か画面で大きな変化が起こった時にシーンを切り替えると、違和感なく次のシーンに視聴者を誘導できます。今回は画面前面に蝶々が飛んできた瞬間に切り替わっています。
この画面構成は、手前にフェルンを配置して、突き抜けた青空の奥行きを際立たせています。この画面の構図はあまり見たことがなく、すごくよかったです。先ほどの蝶々も、飛んでいて、あまり動きがない画面にアクセントを加えています。 座っていて見えなかったフリーレンが立って伸びをして、こちら(フェルン)をみて微笑みます。
魔物は、絶対悪として描かれている。悪そうなキャラクター、悪役が実は良い一面、人間的な一面を持っているように描かれることは多いが、このアニメのように徹底的に悪役として描かれるのは、意外と新鮮。
第 8 話くらいで、主たる区と、魔物の戦いがあるが、この戦いは、主人公が勝つ理由がはっきりと納得する形で書かれ、しかも、カタルシスを生んでいるという、とても良い戦いだった。 具体的には、魔族は、相手の動きから彼の師匠の戦い方をまねることができるが、彼は、動きだけでなく、彼から戦いの心の持ち方も学んでいた。しかし、魔族はその内面的な物は真似することができずに負けた。
第17話、10分59min シチューの鍋も揺れている作画
第20話、8分30秒 リアベル「エーレと戦っていたな、あいつはどうした?」 フェルン「殺しました。」 の後に、リアベルの目の下が少しだけ動くという演出がすごい。動揺を隠しきれていないということが伝わってくる。
第21話 で、フリーレンは、魔法は探し求めている時が一番楽しい、と言っている。このセリフからわかるように、フリーレンの世界では、魔法を宝物のように扱っている。他の魔法を題材にした物語では、魔法はすでに皆知っているものとして扱われることが多いが、この作品では、まだ誰も見つけていない魔法があるということがわかる。
数学の定理を見つけるのと似ている?すでにある数字を使って、新しい定理を見つけ、それが自分や世の中の為に使うことができる。数学の定理も、おもしろいけれど役に立たないものがたくさんある。フリーレンは、役に立たない魔法を見つけるのが趣味だと言っていた。 フリーレンの世界における魔法の立ち位置を、今後も見ていきたい。